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いかにして知ることができるか (10月10日)

『父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。』マタイ11:25

  霊的関係においては徐々に成長するということはない。霊的であるか、否かのどちらかしかない。神は私たちを罪から次第々々にきよめるのではなく、私たちが光の中におり、光の中を歩んでいるなら、私たちはすでにすべての罪からきよめられているのである。従順が鍵であり、それがなされるや否や関係は全きものとなる。従順から一瞬でも離れるや否や、暗闇と死が即座に始まる。

 私たちの従順によって開かれるまでは、神の啓示はすべて封じられている。哲学や思考によって開かれることは決してない。あなたが服従するや否や閃光が投げかけられる。悩むことによって神の真理に達するのではなく、そこに身を沈めることによって見出しなさい。真理を知る唯一の方法は、それを見つけようと努力することを止めて、生まれ変わることだ。神があなたに示しておられることで神に従いなさい。すると直ちにその次のことが明らかになる。聖霊について何冊もの本を読んでも分からないことが、五分間思い切って神に服従するとき白日のごとく明らかになるだろう。「こういったことは、ま、いつか分かるようになるだろう。」と思っているかもしれない。そうではなく今ただちに分かるのである。勉強したから分かるというのではなく、従うことなのだ。わずかの従順で天が開き、神の最も深遠な真理がただちにあなたのものとなるのだ。あなたがすでに知っている真理に従うまでは、神についてさらに深い真理が啓示されることはない。「賢い者や知恵のある者」にならないように注意しなさい。

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